2011年8月29日月曜日

「トーマス(後)」ほぼ撮影終了

「トーマス、街を出る()」の撮影が、ほとんど終わりました。
あとエピローグ部分と、追加カットが2つあるだけです。今は911日のアフレコができるよう、ラフな編集をしていっています。

前編が「起」、中編が「承」とするならば、後篇は「転」「結」に当たるので、なんとかドラマチックに、見た後カタルシスが得られるように、というのが、これからの編集や音入れのポイントになってくるだろうと思います。

前篇がアップして一年の6月末に再生回数7万回を超え、その後も1カ月1万回のペースで増え、現在9万回を超えています。糸の切れた凧のようで、正直わけがわからないけど、とにかく完結に向けてちまちま作業を進めています。

一応「トーマスセレブになって、トーマスの映画の試写会に呼ばれて、叶姉妹の横で映画を見る」というのが最高のゴールかとは思っているのですが。

ところで、本物の「きかんしゃトーマス」のテーマってなんだろう?
話としては、いい気になっていたら失敗したとか、仲間にからかわれ気にしていたけど、頑張ったらなんとかなったとか、本当に日常のささいなことばかりだ。トーマスの顔と同じくらい、なに考えてるか分からない。?

でてくるのが機関車じゃなくて人だったら、橋田ドラマ「わた鬼」になりそうだ。実は僕は「わた鬼」が大嫌いだ。なんて夢がない!なんで作り物で、こんな日常と地続きの世界を見せられねばならないんだ。きっと夢を信じられなくなった、死んだ魚のような目をした熟年夫婦が晩御飯の後に、湯呑み茶碗で熱いお茶をすすりながら見ているにちがいない、あーやだやだ、なんである。ね、図星でしょう!うあんたぁ!あ、まあいいや。

「きかんしゃトーマス」はイギリスの牧師さんが病気で退屈している息子のために
書かれた物語が原作で、絵本になって大人気になった。私もその原作本を図書館で借りてきて、何冊も長男に読んで聞かせた。
話の内容はもちろん同じで、最初のほうのテレビ版はかなり原作に忠実に作られている。

牧師は、息子に何を伝えたくてこんな話を書いたんだろう?

私なりの結論は、おおざっぱにいうと「現実対処能力」とか「問題解決能力」の大切さみたいなことなんだろうと思う。現実世界は混とんとして矛盾だらけ、しばしば正義や倫理や理屈にそわないとこが起きる。そのなかでなんとか実際的な解を出していくこと。
それが大事で、その能力をアップしろよ、といいたいんでしょ、橋田さん?

でも正直、橋田ドラマもトーマスもキャラ頼みで、顔が面白いとかリアクションが面白いとか、そのレベルなんじゃないのかなあ、見てるほうは。

まあ橋田ドラマのテーマは、身近な知り合いも含めた「家族愛」とも言えるわけで、そういう観点からするとトーマスのテーマは何なのか?

ここで、トップハムハット卿の存在と、名セリフ「トーマス、お前は本当に役に立つ機関車だ」がクローズアップされてくる。というか、そういう風に考えていって、「トーマス、街を出る」のストーリーを考えていったのです。だからこれ以上は、具体的には述べない。動画で、僕なりのトーマスのテーマを扱ったつもりなんです。